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[エッセイ08:ひょんなことからNo.2]大根役者の述懐:ジャワ影絵撮影での出来事(野澤 暁子)
2018年10月01日
[ひょんなことから02]
大根役者の述懐
ジャワ影絵撮影での出来事
野澤 暁子
人類学研究所・非常勤研究員
フィールドで気を抜いた時、思わぬハプニングとともに大切な気づきが訪れることがあります。今回は、ごく最近のありがたき失敗談をご紹介します。
インドネシアのパフォーミング・アーツ研究を始めて以来、はや20数年。光栄にも今年からトヨタ財団助成で『中世ジャワの死生観を〈詠む〉』という学際プロジェクトを実施させていただいています。この趣旨は、これまで西洋図像学のテクストとして解釈されてきたジャワ遺跡の壁画世界を、民衆が伝承してきた身体知(儀礼や芸能)の視点からデジタル・メディアのかたちに編み直してみようというもの。共同メンバーは国立スラバヤ大学の考古学者ヨハネス・ハナン氏と、同大学で影絵芝居ワヤン・クリッを教えるヨハン・スシロ氏です。文化人類学、考古学、ジャワ影絵の伝統知――この配合が生み出す予測不能な展開への期待感とともに、本企画は発足しました。
今年の夏、第一弾として東ジャワ州スラバヤ市へ。この近郊に本企画がとりあげる、王の魂を弔うため1400年頃に建てられたテゴワンギ遺跡があります。この遺跡に込められたヒンドゥー・ジャワ時代の死生観は、その建築意匠に加え、基壇の「スダマラ物語」の浮彫壁画にも豊かに表れています。この物語は、魔界から王家への呪術攻撃とその調伏、つまり穢れと祓いを主題とします。よってジャワの一部では、イスラーム化を経て今日まで、スダマラ物語を厄祓い儀礼の影絵芝居として伝承してきました。しかしその反面、ジャワ影絵がユネスコ無形文化遺産として舞台芸能化する一方、テゴワンギ遺跡は国の有形文化財として無人公園化、という乖離も生まれたのです。そこで我々の挑戦は、今や寂し気な東ジャワ遺跡を応援すべく、皆で物語をつくりあげる活気―いわば遺跡本来の祝祭性―を、スダマラ壁画をめぐる映像ナラティブ制作として実践すること。特に今回の中心は、テゴワンギ遺跡とスダマラ物語・影絵芝居版という二つの撮影でした。
ヨハン師匠が映し出す森羅万象の象徴「グヌンガン」 |
7月に実施した遺跡撮影は完璧でした。壁画細部に詳しい現役の影絵師ヨハン氏、TVディレクターの経歴をもつ異色の考古学者ハナン氏、そして若手の撮影班が各自の才能を発揮し、私は感心するばかり。これなら大丈夫、あとは皆の活躍に任せよう...。でもこの気のゆるみには、実に因果な落とし穴が待っていました。
8月7日、影絵芝居の撮影当日。スラバヤ大学の協力で構内の会場は祭礼さながらに演出され、作業を終えた学生さん達も上演を待つ観衆のように賑わっています。そこへ影絵師の装束でヨハン氏が凛々しく登場。趣旨説明の後、撮影の無事を皆とクルアーン朗誦で祈ります。そして中央に坐したヨハン氏が森羅万象の象徴・グヌンガンの厳かな影のゆらぎを映し出すとともに、物語は幕を開けました。
ガムラン音楽と歌声が響くなか、ヨハン氏は様々な影絵人形を巧みに操りつつ、スダマラ物語を進めます。死霊界の滑稽な亡者たち、魔女の邪心、狙われた王子サデワとその母の危機...。そして中盤、道化の登場で閑話休題。とりとめのない漫談で場はゆるみ、私もくつろいで隣の人と談笑していました。すると突然、「アキィコ....!」と道化の呼び声が。観衆は笑顔でこちらを振り向き、前方を指さしています。えっ、私に舞台へ上がれと?!
引くにも引けません。焦った私は考古学者ハナン氏を道連れに、おずおず舞台に上がりました。ここからひたすら「ジャワのどこが好き?」「今回の目標は?」と、雑談から口頭試問のごとき内容まで含めたヨハン氏との珍問答です。私はただ愚直に答え、インドネシア語も噛みまくる狼狽ぶり。師匠はその拙い返答を「偉い!拍手!」「それ、ドラえもんなら...」など、持ち上げたりトボケたり、巧みな話術で場を沸かせます。ひとしきり興じた後、やっと解放された私。もう、全身冷や汗です。
幕間の珍問答:ハナン氏(中央)と筆者(右) |
そんなこんなで撮影は深夜まで続き、翌日私は気疲れで寝たきり状態に。テレビをつけると、海外向け日本チャンネルでドラマ「アイムホーム」を放映中です。妻子の顔が仮面に見えてしまう主人公・木村拓哉の演技を眺めるうち、ふと昨夜の一幕が心に蘇りました。私への数々の問い、人々の歓声――しみじみ反芻するうちに、あの時のヨハン師匠の変幻自在な声色が、次第に道化や冥界の女王など、影絵世界の個性豊かな住人たちの「Siapa kamu(きみは誰)?」という囁きとなって心の奥に響きます。これぞジャワで聖職者として崇められる影絵師の霊力でしょうか。
この不思議な感覚に包まれたその時、私はハタと気づきました。「皆で物語を紡ぐ」理念と裏腹に私は私を除外していたこと、さらにあの幕間のひと時が私を仲間(=登場人物)に引き入れる心意気でもあったことを。この機知に富んだ懐の深さこそが、現実と想像の境を超えて多様な存在を結びつけるジャワ影絵の真髄なのかもしれません。そしてこの気づきとともに、眼前でホンネとタテマエの矛盾に悩むキムタクの姿は、どこか青臭い茶番劇に変わっていったのでした...。
今回あらためて知った、長い歴史が育んだジャワの万華鏡的な世界と、そこでさまざまに自分を演じ楽しむオトナな精神文化――それにくらべ、私は何とも垢抜けない大根役者。今回の顛末は、監督椅子に座る前に芸達者たちの人間力を学び直す大切さを教えてくれたような気がします。
追記:本稿でご紹介したヨハネス・ハナン先生が2018年8月25日にご逝去されました。当プロジェクトへの真摯なご協力に深く感謝の意を表するとともに、謹んでご冥福をお祈り申し上げます。
(写真は、すべて著者撮影のものです。無断転載を禁止いたします)