研究活動 過去の活動報告
映画上映会とトークセッション「抱く{HUG}」実施
2016年07月10日
人類学研究所共同研究「危機と再生の人類学:土地、記憶、コミュニティ」関連行事
[日時]2016年7月10日(日)、14:00~17:00
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[会場]南山大学名古屋キャンパスR棟地下フラッテンホール
[プログラム]
14:00-14:05 趣旨説明:藏本龍介(南山大学人類学研究所)
14:05-15:15 『抱く{HUG}』上映(約70分)
15:15-15:30 休憩
15:30-16:20 トークセッション:海南友子(『抱く{HUG}』監督)・白井千晶(静岡大学教授)
16:20-17:00 意見交換会(フロアからの質問)
[映画情報]
監督:海南友子
プロデューサー:向山正利、向井麻理
撮影:南幸男、向山正利
企画・制作:ホライズン・フィーチャーズ
配給・宣伝:ユナイテッドピープル
2014年/カラー/69分
[報告]
この上映会は、人類学研究所共同研究「危機と再生の人類学:土地、記憶、コミュニティ」関連行事である。参加者は約50名であった。 現代日本社会を考える上では、東日本大震災と福島原発事故の問題を避けて通ることはできない。震災後・原発事故後の世界を、我々はどのように生きることができるのか。『抱く{HUG}』は映画監督である海南友子さんのセルフドキュメンタリー映画で、この映画のテーマはご自身の被ばくと妊娠・出産という問題である。福島原発事故の取材を、原発の間近で行っていた最中に、ご自身の妊娠に気づく。そこから放射能という目に見えない恐怖との闘いが始まる。この映画では、その恐怖の中で、海南監督が感じる苦悩が克明に描かれている。
そこでこの上映会では、特に「妊娠・出産」をテーマとして、「危機と再生」という問題を検討した。つまり現日本社会において子供を産み、育てるというのはどういうことか。そこにはどのような希望、あるいはリスクがあり、その中で子供をどのように産み、育てることができるのか。そして我々は親として、あるいは社会の一員として、何をすべきなのか。トークセッションにおいては、こうした問題について、意見交換を行った。またその後の質疑応答においても、フロアから積極的な質問がなされた。
セルフドキュメンタリーという形式をとった理由、この映画を上映することの難しさ、出生前診断の受容のされ方、妊娠・出産に伴う様々なリスク、当事者性という問題など、話し合われた内容は多岐に渡る。その中でも私が印象に残ったのは、日本社会は妊娠・出産を巡って、非寛容化しているとでもいうべき状況である。白井先生によれば、ひと昔前の日本においては、養子はそれほど珍しいものではなく、また子育ても多様なアクターによって担われていた。また妊娠・出産をコントロールできないアクシデントとして、受容されるような土壌もあった。それが社会の変化や生殖医療の進化に伴い、大きく変容しつつある。妊娠・出産のリスクは可能な限り削減すべきという風潮が広がり、最善の子を産むことは自己責任ともなっている。そのことが結果として、妊娠・出産にまつわる不安を助長しているという倒錯した自体を招いている。海南監督の発言に、「今の日本社会は、子供が幸せに育つ権利よりも、親が子供を所有する権利の方が優先されているのではないか」というものがあったが、その意味するところは非常に重い。
もう一つ印象に残ったのは、それでは原発後の社会をどのように生きることができるか、という議論である。その一つの可能性として海南監督が例示してくれたのが、ドイツにおける自然エネルギーを元にした電力会社の活動である。この電力会社は、チェルノブイリ後の社会において、原発に頼らない社会のあり方を模索するドイツの母たちの試みから始まった。そしてこの会社は、その活動を支える多くの人々の支援によって、成長し続けている。原発事故を単なる負の遺産とするのではなく、それを社会変革の力にどのように変えていくことができるのか。母として、親として、そして次世代への責任をもつ社会の先輩として、できることは多くある。そうした希望をもてる議論だった。海南監督は、既に全国に自主避難する母親たちへの取材や、上記のドイツの電力会社についての取材・撮影を終えているとのこと。海南監督の次回作にも大いに期待したい。
海南友子監督 | 白井千晶氏 | トークセッションの模様 |