研究活動 過去の活動報告
公開講演会「北朝鮮社会の人類学的考察」
2013年11月16日
共同研究会「危機と再生の人類」関連公開講演会
[日時]2013年11月16日(土)、14:30~17:00
[会場]南山大学名古屋キャンパスR棟 R32教室
[講師]伊藤 亜人(東京大学名誉教授)
[主催]南山大学人類学研究所
[共催]日本文化人類学会課題研究懇談会「危機の克服と地域コミュニティ」
[報告]
伊藤亜人先生は、40年以上に渡り、韓国の人類学研究に携わってこられた世界的にも有名な研究者であられる。東京大学、琉球大学、早稲田大学の教授を歴任され、専門分野の韓国人類学のみならず、医療人類学や企業人類学などを通じて、多くの後進を育ててこられ、またいまも育てておられる。最近は、主に脱北者として韓国に在住している人々からの集中的で密度の濃い聞き取りから、北朝鮮民衆の生活実態に関しての人類学的研究に取り組んでいる。
しかし、こうしたテーマに韓国の人類学者―特に反共教育を受けた若い世代―は全く関心を持たず、いわば孤軍奮闘であるともうかがった。 また、このテーマに関して講演や発表をおこなうと、内容に関する質問よりも、「なぜ、このような研究をするのか」という質問が相次ぐという。このような風潮に対して、伊藤先生は、「人類学は人間を研究する学」であり、現在のマスコミでもてはやされるような「 国家を優越させてそこから離れられず、国家や政策を語る」とものとは別のものであることを強調された。 そのうえで、現在の北朝鮮の状況には、かつての日本による植民地支配が密接に関係していること、仮に北朝鮮の体制が崩壊した場合、その影響が日本に及ぶことは避けられないことも併せて述べられ、「北朝鮮問題」と日本が無縁ではいられないことを強調された。
さて伊藤教授は現在、上は80代で北朝鮮の権力中枢にいた人物をはじめとする数十人の脱北者をインフォーマントにして、北朝鮮の民衆が国際的な経済制裁、環境破壊や天候不良による農作物の不出来、国家の経済運営の失敗で苦境にあるなかで、どのように暮らしているか聞き取りをおこなっているわけであるが、たいへん興味深い事実がわかってきた。社会主義の根幹である国家による物資の配給制度が破たんしてから、人々は自分の才覚で原料や労働力、機械などの生産手段を調達し、本来の勤め先である国営企業や工場に出勤せずに、自分ができる形で、掘立小屋のような作業所を建てるなどして、自活するための商品生産(発表では、炭鉱、薬品やお菓子―国家指導者の誕生日などに配給され、大変人気があるという―の事例が紹介された)をおこなって稼いでいるという。資本金を捻出する際には、身の回りの衣類などを市場で売ったり、中国に商売に行く。
また、原料や労働力の調達は、身近な人間関係や口コミなどを通じておこなう。金日成主席の8・3指示以降、こうした私的経済行為は、その利益の一部を職場に上納し国庫を潤すことで公認されており、こうした形態で生産された商品を指す「8・3製品」という言葉すらあると言う。 国家経済が破綻し、高度に管理・統制され自由が無いとされる北朝鮮社会でも、民衆は 非公式な手段で生産の努力をおこなっているという生活実態が明らかになった。
このような事実は、独裁だの核開発だのと言う話題が主流であるマスコミを通じてわれわれの耳目に入ってくる北朝鮮情報とは質的にも異なるものであり。驚きであると同時に、われわれが抱きがちなステロタイプの北朝鮮像に再考を迫るとものであり、たいへん刺激的であった。
また、インフォーマントが自分の働いていた町や工場、農場などについて詳細な図を描いてまで説明しているのは、伊藤先生が朝鮮・韓国の文化や歴史に深い造詣を持っておられることがインフォーマントの情熱をかきたてるのではないかと推察された。
2時間半の講演内容であったが、年齢層が高い参加者は疲れも見せず、熱心に聞き入っていた。
講演する伊藤先生 |
講演する伊藤先生 | 会場からの質疑応答 |