研究活動 活動報告
第4回公開シンポジウム「国家なき都市と都市なき国家ー古代文明を「再構築」するー」
2020年02月24日
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2019年度第4回公開シンポジウム「国家なき都市と都市なき国家ー古代文明を「再構築」するー」
日時 2020年2月24日(月)
13:00~18:30
会場 南山大学Q棟・Q103教室(キャンパスマップ)
主催 南山大学人類学研究所
共催 南山大学人文学部
協力 科学研究費補助金・新学術領域「出ユーラシア」A03班
プログラム
13:00-13:10 趣旨説明
13:10-13:50 発表1(発表時間30分、質疑応答10分)
「都市から国家へ-メソポタミアの社会変遷-」
小泉 龍人(メソポタミア考古学教育研究所 代表)
13:50-14:30 発表2(発表時間30分、質疑応答10分)
「中国初期王朝時代の都城をめぐって」
西江 清高(南山大学 教授)
14:30-14:45 休憩
14:45-15:25 発表3(発表時間30分、質疑応答10分)
「都市なき倭人は国家をめざしたのか-弥生・古墳都市論と国家形成論の現在-」
寺前 直人(駒澤大学 教授)
15:25-16:05 発表4(発表時間30分、質疑応答10分)
「社会統合と差異化の狭間で-古代メソアメリカ文明における都市の起源-」
村上 達也(テュレーン大学 Associate Professor)
16:05-16:45 発表5(発表時間30分、質疑応答10分)
「古代アンデス文明の神殿と国家」
渡部 森哉(南山大学 教授/人類学研究所 所長)
16:45-17:00 休憩
17:00-18:30 ディスカッション
趣旨
ゴードン・チャイルドが「都市革命」についての論稿(Childe 1950)を発表してから半世紀以上が経ち、世界中でデータが蓄積され理論も洗練される中、古代文明の研究は新しい段階に入っている。本シンポジウムは、2つの新たな視点を基に従来の古代文明像を問い直し、世界各地の文明形成期の様相を比較することで、共同体の多様なあり方を提示することを目的とする。
第1の視点が、都市と国家を一旦切り離して両者の関係を問い直すものである。その上で、何故多くの古代国家が、都市が発展していた地域で形成されたのか考察する。
第2の視点が、社会の差異化と同時に、いかにして多様な社会集団が統合されていたのか、すなわち、社会的差異と同質性、あるいは不平等と平等といった相矛盾する社会関係がいかに同時に成り立っていたのかそのメカニズムを問うものである。
本シンポジウムは、以上の2つの視点から、「国家=都市=階層化された社会」という従来の枠組みを一旦はずし、変化していく社会ネットワークの細部に焦点を当てながら、「造られた環境(built environment)」である都市と政治社会システムの関係を比較検討する。
発表1
「都市から国家へーメソポタミアの社会変遷ー」
小泉 龍人(メソポタミア考古学教育研究所 代表)
メソポタミアは西アジアの中心に位置し、現イラクの大部分とシリア・トルコ・イランの一部が相当する。メソポタミアでは前5千年紀に都市化が進行し、前4千年紀後半に都市が誕生した。数百年後、前3千年紀初頭までに南メソポタミアのシュメール地方で20前後の都市が出現し、競合関係のもと国家段階へ発展した。
1つ以上の都市から成る国家(都市国家)に至る過程は、前3千年紀以降の文献史料から遡る視点と、前4千年紀の考古資料から敷延する視点で議論されてきた。これまでG.チャイルドを嚆矢として多様なモデルが提出され、つねに政治情勢に影響されてきた。現地調査は政情に左右されるものなので、調査地の偏りを考慮して議論する必要がある。
かつて南方(南イラク、南西イラン)で展開したフィールド調査は、1980年代以降、イラク・イラン戦争等を避けて北方(北シリア・南東トルコ)へ移った。90年代より北方での調査が盛行し、「北方における都市化の先進性」が流行った。しかし、2010年代前半の「アラブの春」を機にシリアでの調査が停止してしまった。近年、南イラクの情勢急転によりシュメール地方の調査が再開され、改めて「南方における都市化」が注目されている。
発表2
「中国初期王朝時代の都城をめぐって」
西江 清高(南山大学 教授)
都市には2つの側面があるとされる。1つは政治や管理の中心地としての側面、もう1つは交易や生活物資の集積地、消費地としての側面である。前者の性格が顕著なものが中国など東アジアの古代に広くみられる「都城」であり、後者の性格が顕著なものが西アジアにはじまる「都市」であるとして、都市と都城を区別する考え方がある(藤本強『都市と都城』)。
中国における「都城」は、きわめて政治的な性格が強く、初期王朝時代以来、政権(王朝)が交代するとその首都も廃棄されることが通常であった。中国古代の都城は時代とともにそのすがたを変えている。早期(初期王朝時代)では、血縁にもとづく「族的集団」の多数の小集落が、宮殿区の周囲に群集して「都城圏」中心部を構成した。そこでは文化的な出自の異なる諸集団が共存する地域としての「都城圏」を形成していた。中期(戦国・秦漢時代)では、なお経済的な中心としての役割はあいまいであったが、城壁をもつことがすべての都城の条件となった。後期(魏晋南北朝・隋唐時代)では城壁で囲まれた広大な空間内を、直交する道路網で区画整理した計画都市を建設した。その後、宋代(中世)以降になって中国でもようやく交易のセンターあるいは消費地としての「都市」が出現する。
本報告ではおもに初期王朝時代の都城の特性をめぐって、考古学的な知見を整理することにしたい。
発表3
「都市なき倭人は国家をめざしたのかー弥生・古墳都市論と国家形成論の現在-」
寺前 直人(駒澤大学 教授)
日本列島における都市の誕生は、新益(藤原)京前後における中国的都城の形成をもって都市の成立とする伝播論的な評価とともに、集約的農耕開始期である弥生時代以降に段階発展論的な集住および都市的機能の発生を、おおむね自律的に想定する評価がある。
後者の見解は、日本列島内における一次国家形成論とも密接に関係しており、伝播論的な二次国家形成論からの検証が必要であろう。具体的には、吉野ヶ里遺跡(佐賀県)や比恵那珂遺跡群(福岡県)など弥生時代開始期から順調な発展を遂げ、弥生時代後期から古墳時代開始期において、さまざまな都市機能が付加された空間が存在する一方で、纏向遺跡(奈良県)を含めて、古墳時代前期後半以降における継続的発展性には乏しい。
一方で、文物の分布や規格的な墳墓の形成と広域での共有、そして同時期の中国史書からは、統一的で比較的高度な政体の存在が指摘されている。さらに中枢域における都市的景観は、南郷遺跡群(奈良県)などで確認されているが、いずれも防御性に乏しいのが特徴である。このような外的成熟と、内的な都市の未成熟ともいうべき状況に対して、本報告では最新のデータをふまえ、現状の論点と今後の展望を提示することをめざす。
発表4
「社会統合と差異化の狭間でー古代メソアメリカ文明における都市の起源と変容-」
村上 達也(テュレーン大学 Associate Professor)
古代メソアメリカでは、都市化が辿った道筋は1つではなく地域によって違いがあった。統治者を含む特権集団を中心に都市が組織されていたと考えられるメソアメリカ東部(特に太平洋岸とメキシコ湾岸地域)とは対照的に、中央メキシコでは水のシンボリズムが人びとを統合する中心的な役割を果たした。
水を貯めることのできる施設を伴った主要建造物が建設され、嵐の神の象形壺を使い雨や豊穣を祈る儀礼が行われていた。形成期中央メキシコ(紀元前800年~紀元後250年)で最大の都市の1つ、トラランカレカでは、こうした水と関連した儀礼施設の建設と儀礼実践は、都市全体を統合するメカニズムであったと同時に、都市を構成する下位集団においても繰り返された。つまり、異なる規模で繰り返された建設活動や儀礼実践が、都市の拡大を可能にしたメカニズムの1つだと考えられ、テオティワカンを含む後の時代の都市へと受け継がれていった。
本発表では、この中央メキシコの都市伝統が形成された起源を探り、それがどのように変容していきテオティワカンを中心とした国家形成へ繋がっていったのか、中央メキシコ地域内での統合と差異化という視点から考察する。
発表5
「古代アンデス文明の神殿と国家」
渡部 森哉(南山大学 教授/人類学研究所 所長)
南米アンデスは一次国家が成立した場所であり、そのメカニズムを説明する必要がある。ところが旧世界の事例を基に組み立てられてきた国家成立モデルをそのままアンデスに当て嵌めようとしてもうまくいかない。その1つの理由は文明(社会の複雑化)の証拠が神殿という形で現れてから、国家の成立まで3000年もの時間があることである。
本発表では形成期の神殿建設が基盤となり、後の時代に都市形成がどのように進んだのかを考える。アンデスの都市と他の文明の都市との違いに着目する。そして神殿を中心とした社会が、後に成立した国家とどのように連続するのか、あるいは不連続性が認められるのかについて考察する。
古代アンデス社会を考える際には、政治的側面と宗教的側面を分けて,両者の関係を模式的に捉えることが有効である。また、競合と協同という概念を用い、社会統合のメカニズムを説明する。古代アンデスではいわゆる厳格な階層からなるヒエラルキーではなく、入れ子状構造としてモデル化した方が適切である。
報告
本シンポジウムは、考古学の立場から都市について再考する目的で開催された。企画立案者である2人(村上、渡部)はアメリカ大陸の考古学を専門としており、旧世界と新世界の比較という大きな枠組みを軸としてシンポジウムの構成を考えた。西アジア、ヨーロッパの事例を基に組み立てられたチャイルドのモデルは、現在批判され、修正を迫られている。しかし今になっても批判されるということ自体、そのモデルの意義を示している。チャイルドのモデルを踏まえつつ、都市を再検討するため、まず都市と国家を概念として分離すること、そして社会の複雑化を縦方向の階層化のみならず、横方向の複雑性にも着目するという視点を提示した。
最初の登壇者の小泉氏はメソポタミアの事例を手際よく解説した。チャイルドのモデルが比較的よく当てはまる事例であり、現在の研究状況を概観した。続く西江氏の発表は中国の都城についてであり、西アジアと東アジアの違いを意識した発表となった。そして日本について寺前氏が講演した。いわゆる二次国家が形成された日本列島における現在の都市論についての発表であった。そして村上氏によるメキシコ中央高原の事例、渡部による古代アンデスに関する発表が続いた。
ディスカッションでは、都市における神殿の役割、都市における連続性/不連続性などについて議論した。今後、議論を練り、刊行物につなげていく予定である。
シンポジウムには計36名の参加者があった。
附記:
テュレーン大学の村上達也さんがサバティカルで日本に滞在中に何かイベントをしましょうということで立案された企画であった。シンポジウム同日「新型コロナウイルス感染症対策の基本方針の具体化に向けた専門家の見解」が出され、日本全国でイベントが自粛の方向へ向かうことになった。結果的に人類学研究所が実施する2019年度最後のシンポジウムとなった。