社会倫理研究奨励賞 歴代受賞論文
第10回社会倫理研究奨励賞
2017年02月06日
2017年2月3日に行われた第10回社会倫理研究奨励賞選定委員会における厳正な審査の結果、下記論文を受賞論文と決定いたしました。
- 受賞論文 「「休戦ライン」としての核不拡散体制―衝突する規範の妥協と二重基準論争―」
- 【掲載誌名】『国際政治』第184号、89-102頁、2016年3月
- 著者 濱村仁
受賞論文 講評
辻中豊(第十回社会倫理研究奨励賞選定委員会委員長)
本論文は、国際関係における「二重基準」をめぐる論争、とりわけ核不拡散体制に焦点を当て、「二重基準を無視するのでも非難するのでもなく、論争の背景を理解することを目的」にし、これまでの「論争」をより広く、より深く解釈する枠組みを提示しているところに特長がある。
この論争は、「諸主体の忠誠心を引き裂くような普遍的規範の衝突と妥協の下で起こる」と著者は言う。「妥協」を「休戦ライン」と喩え、核戦争を巡る国際政治における「休戦ライン」を「核不拡散体制」すなわち「自衛権を筆頭とする核保有肯定の規範」と「人道的考慮を筆頭とする核保有の否定の規範」との争いの妥協と把握している。これら2つの「規範」の「普遍性」に関する脆弱性と、それに対する各国家レベルでの「規範」(を背景とした「利害」)から生じる不満によって「二重基準」をめぐる論争が起こることが解明されている。
この解釈枠組みに基づくことによって、本論文は、「核不拡散体制」に関する論争を「正義と不正義の分節化」、「利害と規範のジレンマ」、および単なる「利益損失計算闘争」等の文脈に落とし込むことなく、「規範と規範のジレンマ」という「より広い文脈」のなかで展望することを可能にしている。また、この解釈枠組みは、他の事例にも十分応用可能であり、注意して用いることで不毛な争いを回避改善できる可能性を暗示している。本論文は以上のような点で高いアクチュアリティを有しており、社会倫理研究奨励賞にふさわしい業績と判断される。
他方で、国際政治は権力闘争を本質とし、ここで述べられている二重基準を通じた妥協は所与であり、とりわけ、NPTは条約として制度化された二重基準であって、条約加盟国についてはNPTの不平等性を甘受しているともいえる。むしろ、「おわりに」で示唆された自決権と領土保全の衝突の事例や人道的介入の方が、著者の目指す国際社会レベルの二重基準に起因する倫理的問題への問いかけには適切だったのではないか、という国際政治学の観点からの指摘もあった。こうした事例への適用可能性に関する今後の研究の進展を期待したい。
審査員賞
- 受賞論文 「ケアの倫理に内在する自立主義―相互依存・依存・共依存の検討を通じて―」
- 【掲載誌名】『倫理学年報』第65集、265-278頁、2016年3月
- 著者 小西真理子
講評
辻中豊(第十回社会倫理研究奨励賞選定委員会委員長)
本論文は、「依存」から「自立」への成長を前提とし、「依存の否定」、「回復の対象としての依存」と位置付ける「慣習的な議論展開」に対して異議を唱え、「『自立主義』を批判し、依存の重要性を指摘する論理を導き出してきた」とし、「ケアの倫理」の意義を指摘しながら、その「依存」に関する論理展開をきめ細かく分析する。そのうえで、「ケアの倫理」には「自立を求める思想が内在化していること」を突き止め、そのことが「共依存」を不可視化する点を浮き彫りにしている。この論理展開と主張は明快であり、理論と現実の乖離に明確な意識をもって研究を進めようとしている姿勢は高く評価できる。
他方、「ケアの視点だけから、現実の心理的依存を語るのは危険だということである」とする結論にはやや物足りなさも否めず、もう一歩踏み込んだ分析が望まれる。そもそも「ケアの倫理」は、「生活世界」における人間の存在様態をもとに、倫理をより広い枠組みの中でとらえ直そうとする試みである。そうしたことを踏まえた今後の考究の進展を期待したい。
最終候補論文
自薦・他薦併せて7篇の応募論文の中から、6篇を最終審査の対象とし、そのなかから最終候補に残った論文は以下のとおりです。
- 森悠一郎「高価な嗜好・社会主義・共同体―G.A.コーエンの運の平等主義の再検討―」(『法と哲学』第2号)
第十回社会倫理研究奨励賞選定委員会
- 辻中豊(筑波大学人文社会系教授)【委員長】
- 谷口照三(桃山学院大学経営学部教授)
- 安藤史江(南山大学大学院ビジネス研究科教授)
- 石川良文(南山大学総合政策学部教授)
- 丸山雅夫(南山大学大学院法務研究科教授)
- 山田哲也(南山大学総合政策学部教授)
- 奥田太郎(南山大学社会倫理研究所第一種研究所員)
- 篭橋一輝(南山大学社会倫理研究所第一種研究所員)
- 森山花鈴(南山大学社会倫理研究所第一種研究所員)