社会倫理研究奨励賞 歴代受賞論文
第13回社会倫理研究奨励賞
2020年02月05日
2020年2月4日に行われた第13回社会倫理研究奨励賞選定委員会における厳正な審査の結果、下記論文を受賞論文と決定いたしました。
- 受賞論文 「〈被害者の情念〉から〈被害者の表現〉へ―水俣病「一株運動」(1970年)における被害者・加害者対話を検討する」
- 【掲載誌名】『現代生命哲学研究』第8号、57-129頁、2019年3月
- 著者 小松原織香
受賞論文 講評
沢井実(第13回社会倫理研究奨励賞選定委員会委員長)
本論文は、水俣病運動の中の一株運動に焦点を絞ることで、日本における「修復的正義」の可能性をきわめて精力的に検討する。1970年11月28日のチッソ株主総会の描写は圧巻であり、「被害者の情念」を然るべき形で「表現」することの意義に光を当てる労作である。水俣病被害者は、白装束を身に着け、御詠歌を唱和しながら株主総会に参加し、継続する被害の中で蓄積されてきた強い情念は自己表現に転化していった。著者は一株運動の分析を通してある種の「普遍性」を抽出しようとする。修復的正義は法的正義が取りこぼした領域をカヴァーするとし、また祝祭的空間で情念を解放した後は帰るべき「共同体」があるとされる。
翻って、修復的正義は先験的には法的正義ほどに明確に規定できず、帰るべき「共同体」の質を問わずに論ずることは難しい。その観点から水俣を論ずるのであれば、たとえば、共同体に関する重厚な考察を積み重ねてきた足尾鉱毒事件に関する研究などを参照して論ずる必要があるだろう。共同体に関してもマックス・ウェーバーの二元性と二重性の契機を基軸にした議論をはじめ、さまざまな研究が行われている。「共同体」における私的利害と共同利害の相克、共同態規制の変遷などを踏まえ、「加害者」とされる人々の言説に洞察を加えることも不可欠であろう。著者が今後、豊かな先行研究および歴史史資料と交流しながら、実証的な研究という観点から自らの構想の頑健性について不断に検討する姿勢を堅持し、修復的正義の議論を深めていってくれることを期待したい。
審査員賞
- 受賞論文 「フランスにおける「公序」とマニフェスタシオンの自由(1)(2・完)」
- 【掲載誌名】『一橋法学』第18巻第1号、133-167頁、2019年3月;『一橋法学』第18巻第2号、279-305頁、2019年7月
- 著者 田中美里
講評
沢井実(第13回社会倫理研究奨励賞選定委員会委員長)
本論文は、フランスにおける「マニフェスタシオン」概念を手掛かりとして、国家による自由の保障の意義を法学的な手法で示そうとした意欲作である。国家と市民社会の関係、自由観・人権観などの大きな問題意識を背景に、マニフェスタシオンの歴史的展開過程が丁寧に追跡された後、戦間期以降のマニフェスタシオンの制度化の諸相、マニフェスタシオンの自由をはじめて認めた1995年憲法院判決の意義が検討される。続いて、「公序」概念が「集団の否定」と「国家による公の領域の独占」を軸に考察され、個人の自由の実効的保証を国家の責務とするという公序概念の積極的側面が強調される。
論文末尾で述べられた日本における「公共の福祉」との比較は興味深いが、日本での公序概念の積極的側面のあり方について著者の見解をうかがいたいところである。今後、市民社会の内実を支える社会的諸組織・結社が担うべき歴史的規定性へのまなざしを保持しつつ、著者がオリジナリティあふれる議論をさらに深化されることを期待したい。
最終候補論文
自薦・他薦併せて15篇の応募論文の中から、6篇を最終審査の対象とし、そのなかから最終候補に残った論文は以下のとおりです。
- 福家佑亮「デモクラシーを支えるもの」(『実践哲学研究』第42号)
- 森悠一郎「統計的差別と個人の尊重」(『立教法学』第100号)
第13回社会倫理研究奨励賞選定委員会
- 沢井 実(南山大学経営学部教授)【委員長】
- 鈴木 真(名古屋大学大学院人文学研究科准教授)
- 中野涼子(金沢大学人間社会研究域法学系教授)
- 大竹弘二(南山大学国際教養学部准教授)
- 篭橋一輝(南山大学国際教養学部准教授)
- 阪本俊生(南山大学経済学部教授)
- 三好千春(南山大学人文学部教授)
- 奥田太郎(南山大学社会倫理研究所第一種研究所員)
- ウィニバルドス・ステファヌス ・メレ(南山大学社会倫理研究所第一種研究所員)
- 森山花鈴(南山大学社会倫理研究所第一種研究所員)