社会倫理研究奨励賞 歴代受賞論文
第3回社会倫理研究奨励賞
2010年02月20日
2010年2月20日に行なわれた第3回社会倫理研究奨励賞選定委員会における厳正な審査の結果、下記論文を受賞論文と決定いたしました。
- 受賞論文 「ルワンダ・ジェノサイドにおける責任のアポリア―PKO指揮官の責任と「国際社会の責任」の課題―」
- 【掲載誌名】『政治研究』56号、九州大学政治研究会、2009年3月31日、57-88頁 電子テキスト版
- 著者 大庭 弘継
受賞論文 講評
小林傳司(第三回社会倫理研究奨励賞選定委員会委員長)
本論文は1990年代に生じたルワンダにおけるジェノサイドにおいて、PKOの現場指揮官が直面した困難を「責任のアポリア」という概念によって分析しようとするものである。著者は、ルワンダにおけるジェノサイドの事例を丹念に調査し、現場の指揮官と国連本部、派遣国との間の相克を描き出し、指揮官が「責任を果たそうとしても、何が責任であるのか分からなくなる」という解決不能なアポリアが存在したことをえぐりだしていく。他方で、冷戦後に頻発したジェノサイドや民族浄化といった悲劇をきっかけに「国際社会の責任」という概念のもとで精緻化された「保護する責任」論が、このアポリアに対して必ずしも十分な解決策とはならないことを明らかにしている。
とりわけ、国家への責任と国連への責任、住民への責任が一致しない状況において、現場の責任者(指揮官)が追い込まれるアポリア、このような状況下で現場の責任者が下した意思決定の正統性をめぐる困難、あるいはこのような意思決定の合理性に関する事後的な評価に基づく「責任」の認定に伴う諸問題が、説得力のある筆致で記述されている。ジェノサイドや民族浄化といった問題に対する「国際社会の責任」を論じるに当たっては、国際政治の観点と倫理や責任をめぐる観点とが交錯せざるを得ない。本論文は、このような複合的な問題を、あえて「責任論」という観点から首尾一貫して分析しようとする点で、野心的な試みである。また、このために、経済学や哲学の知見を取り入れるなど、まだ十分に成功しているとまではいえないにせよ、幅広い分析に挑戦する姿勢は貴重である。
他方、「責任」をめぐる現実の事例に基づく分析は豊富かつ説得的であることに比べて、「責任」をめぐる規範的議論はやや物足りない。また、このようなアポリアを深刻化させた遠因としてのソマリアでの失敗といった歴史的文脈も考慮すべきではないかという憾みも残る。
とは言え、極めて解決の困難な、しかもアクチュアリティのある課題に対して、困難さをあえて引き受けつつ挑戦しようとする著者の姿勢は高く評価されるべきである。本研究は、著者が今後発展させていくであろう研究の道程の第一歩となる可能性を秘めた論文である。
最終候補論文(佳作)
自薦・他薦併せて11篇の応募論文の中から、最終審査に残った最終候補論文は以下の通りです。
- 恒木健太郎「前期的資本の理論とナチズム―「大塚史学」の思想構造」(『ポスト・マルクス研究』ぱる出版)
- 島村修平「内部告発者の倫理的ジレンマと「献身」の概念―内部告発者の有効な保護に向けた理論的考察―」(『応用倫理・哲学論集』第4号)
- 佐藤岳詩「功利主義的観点から見た認知的エンハンスメント」(『医学哲学・医学倫理』第27号)
第三回社会倫理研究奨励賞選定委員会
- 小林傳司(大阪大学コミュニケーションデザイン・センター教授)【委員長】
- 伊勢田哲治(京都大学大学院文学研究科准教授)
- 川﨑 勝(南山大学経済学部教授)
- 丸山雅夫(南山大学大学院法務研究科教授)
- 宮川佳三(南山大学外国語学部教授)
- 山田哲也(南山大学総合政策学部教授)
- マイケル・シーゲル(南山大学社会倫理研究所第一種研究所員)
- 奥田太郎(南山大学社会倫理研究所第一種研究所員)