社会倫理研究奨励賞 歴代受賞論文
第11回社会倫理研究奨励賞
2018年02月06日
2018年2月5日に行われた第11回社会倫理研究奨励賞選定委員会における厳正な審査の結果、下記論文を受賞論文と決定いたしました。
- 受賞論文 「無知に基づく侮辱的行為はいかにして責任を問われるか」
- 【掲載誌名】『倫理学年報』第66集、173-187頁、2017年3月
- 著者 中村信隆
受賞論文 講評
谷口照三(第11回社会倫理研究奨励賞選定委員会委員長代理)
本論文は、「悪気のない無知に基づく行為について我々はいかにして非難し責任を問うことができるのか」という問いに応えるものである。筆者は、その際、「義憤」や「憤り」という「反応的態度」から責任を問う「ストローソン的なアプローチ」を採用しつつも、J・マーフィやJ・ハンプトン等の「憤りの対象としての『屈辱』」概念に着目している。一般的には、「無知に陥った経緯に注目するアプローチからは(...)責任を問うことはできないという結論」が導かれるが、そこには「被害者がどう感じるかと言う観点」が抜け落ちることがあるとし、以上のような論点を採用している。筆者は、「この被害者特有の観点を抜きにして責任について論じることはできない」とし、責任を問う道筋を明らかにしようと試みている。筆者は、「相手の道徳的地位についての無知に基づく行為」と、それが引き起こす「憤りの対象となる屈辱」を巡る被害者と加害者の間での「責任を問う・問われる実践」をコミュニケーション行為として捉えることによって、その扉を拓こうとしている。
しかしながら、いくつか気になる点もある。まず指摘すべきは、「無知」ということで捉えられている事柄の範囲が明確でないため、〈異なる見解をもつ者〉をすべて「無知」の側に追いやってしまう危険性を否定できない、という点である。さらに、本論文の最後の部分において、「責任を問う」という全体を貫く論点よりも、コミュニケーション行為の実践の成立条件がいかに充足されうるかという論点の方がより重要な課題として浮上しているが、その点について十分に論じられていないことが惜しまれる。
以上のような課題はあるものの、現代社会において重要でありながら論ずることの難しい倫理的なテーマに正面から取り組む姿勢は、高く評価できる。また、「応答可能性」という「責任(responsibility)」の本来の意味に鑑み、責任とコミュニケーション行為の実践との密接な連関の可能性を示唆する本論文の試みは積極的に評価できる。さらに、本論文での議論には、政治的・宗教的な多様性に関わるテーマへの応用可能性、展開可能性を認めることができる。責任概念の再検討につながる今後の議論の進展を期待したい。
審査員賞
- 受賞論文 「ドイツにおける信条冒瀆罪正当化の試みの憲法学的一考察―宗教をめぐる「情念」の保護のための巧知?―(1)・(2・完)」
- 【掲載誌名】『一橋法学』15巻3号、199-242頁、2016年11月および同16巻1号、69-112頁、2017年3月
- 著者 菅沼博子
講評
谷口照三(第11回社会倫理研究奨励賞選定委員会委員長代理)
本論文は、ドイツ刑法166条の「神冒瀆罪」にルーツを持つ「信条冒瀆罪」を憲法学の視座から考察し、日本における「ヘイトスピーチ」に関する法的規制及びそれに関する法的議論への示唆を得ようとする、意欲的な論考を展開している。かかる示唆を筆者は、「信条冒瀆罪」が対象としている「宗教的な屈辱表現とヘイトスピーチとに『通底する何物か』」を上述の考察から析出しようとしている。
筆者は、「信条冒瀆罪」の制定過程、裁判例および学説の検討を通し、「信条冒瀆罪を『不快感』の領域から遠ざけ、『尊厳』の領域に近づけ、コミュニケーションの自由とのあいだで適切な方向性をとるべく志向する傾向」を読み取り、「この『不快感』と『尊厳』の境界線の線引きこそ、ヘイトスピーチと宗教的な屈辱表現とが『通底する何物か』である」と言う。
〈社会的評価としての名誉の保護を、人格としての平等な尊重と配慮という法的評価の文脈から行おうとする隔靴掻痒の議論が、名誉の法的保護の試みである〉という石川健冶の言説と、ドイツにおける「信条冒瀆罪」の置かれた状況(信条冒瀆罪を容認するが構成要件の拡大は行わない)や〈信条冒瀆罪を「不快感」の領域から遠ざけ、「尊厳」の領域に近づけ、コミュニケーションの自由とのあいだで適切な方向性をとるべく志向する〉という「巧知」とを重ねることによって、今後の日本でのヘイトスピーチに関する法的議論の深化への契機を得ようとしている。本稿をこの論点に絞るように再編されるならば、と悔やまれる。
議論の道筋と丹念な考究は、高く評価できるが、目次を再構成すること、またそのためには本稿の目的ないし今後の展望をより精緻化する必要があるのではないかと思う。今後のさらなる研鑽を期待したい。
最終候補論文
自薦・他薦併せて7篇の応募論文の中から、5篇を最終審査の対象とし、そのなかから最終候補に残った論文は以下のとおりです。
- 志田淳二郎「「欧州国家」アメリカの自画像―冷戦終結期の米欧関係とG・H・W・ブッシュ外交の基調―」(『アメリカ研究』第51号)
- 森悠一郎「運の平等・遺族年金・現状の固定化―ジョン・ローマーの「機会の平等」論の再検討と平等論のオルタナティブ」(『法哲学年報』2016)
第11回社会倫理研究奨励賞選定委員会
- 谷口照三(桃山学院大学経営学部教授)【委員長代理】
- 安藤史江(南山大学大学院ビジネス研究科教授)
- 石川良文(南山大学総合政策学部教授)
- 丸山雅夫(南山大学大学院法務研究科教授)
- 山田哲也(南山大学総合政策学部教授)
- 奥田太郎(南山大学社会倫理研究所第一種研究所員)
- 篭橋一輝(南山大学社会倫理研究所第一種研究所員)
- 森山花鈴(南山大学社会倫理研究所第一種研究所員)