社会倫理研究奨励賞 歴代受賞論文
第15回社会倫理研究奨励賞
2021年11月05日
2021年11月4日に行われた第15回社会倫理研究奨励賞選定委員会における厳正な審査の結果、下記論文を受賞論文と決定いたしました。
- 受賞論文 「日本国憲法における「勤労の義務」の法的意義」
- 【掲載誌名】『福岡大学法学論叢』65巻3号、559-602頁、2020年12月 論文PDF
- 著者 山下慎一
受賞論文 講評
石田淳(第15回社会倫理研究奨励賞選定委員会委員長)
「働くこと」と「生活の保障」とにはいかなる関係があるのか。
本論文は、社会保障法を専攻する著者が、働き方と生き方の多様化に柔軟に対応できる社会保障制度の構想を目指して、憲法27条1項の「勤労の義務」規定(「すべての国民は、勤労の権利を有し、義務を負ふ」)にまで立ち返り、勤労の義務の遂行を生存権の保障の要件と捉える通説の再検討に挑むものである。
情報技術の発達などによって、将来の労働市場では就労の機会も厳しく減少することが予測される中で、勤労の義務規定の法的意義をめぐる三様の理解(法的効力説、政策指針説、無効力説)は、これからの働き方の変化にどれだけ対応できるのか。先般の総選挙の際にも、無条件で無差別に生存権を保障するベーシック・インカムの導入も論じられた。本論文は、これら三様の理解が、社会保障法の解釈(たとえば生活保護法上の被保護者に対する就労指導と、被保護者の職業選択の自由との関係についての検討)のみならず、ベーシック・インカム導入などの立法論をもいかに方向づけるのかを鮮やかに示すものである。
筆者自身も自覚する通り、本研究は、人間にとっての労働の意味の捉え直しや、勤労の義務規定を憲法に置くことの意味の比較法的検討など、関連する研究に寄与するところも大きい。憲法論と社会保障制度論とを意欲的に架橋しつつ、その行論には知的な緊迫感を伴う本論文は社会倫理研究奨励賞に相応しいと判断する。
審査員賞
- 受賞論文 「デュアルユース研究の何が問題なのか:期待価値アプローチを作動させる」
- 【掲載誌名】『年報 科学・技術・社会』第30号、35-66頁、2021年6月
- 著者 片岡雅知、河村賢
講評
石田淳(第15回社会倫理研究奨励賞選定委員会委員長)
特定の科学技術は広範な用途に資する。たとえば軍事技術と民生技術の間の境界は不鮮明だ。個々の科学者からすれば、研究の成果をそのエンドユーザーがいかなる用途のために利用するのかは十全に予見できるものではない。では、そのような汎用技術の研究についての科学者の社会的責任はどのように考えればよいのか。
本論文は、科学者はその意図した結果ではなく、予見すべき結果にこそ責任を持つべきであるとする。さらに、従前の「破滅性基準」は、原水爆を生んだ核物理学者の責任は問えても、ライフサイエンス分野を典型とする今日のデュアルユース研究における科学者の責任は十分に問えないとして、加重価値基準に基づくリスク評価を提起する。この論理の展開は説得力に富む。
科学者個人の自主規制に任せるのではなく、本来の目的以外に科学技術が利用されるリスクの総合的な評価の基準を用意し、科学技術の悪用を多様な利害関係者が予見しうる制度の整備にこそ取り組むべきであるという。この社会倫理の着想の意義は大きいと評価する。
ただ、加重価値基準論の適用には、有害な結果の発生確率のみならず、どの人的範囲にその被害が及ぶのかなど、さらなる社会倫理的な検討を要する問題も少なからず残されているだろう。今後の研究の一層の展開を期待したい。
最終候補論文
自薦・他薦併せて10篇の応募論文の中から、5篇を最終審査の対象とし、そのなかから最終候補に残った論文は以下のとおりです。
- 大山貴稔、秋保さやか「UNTAC日本施設大隊はカンボジア社会にいかなる影響を及ぼしたのか:宿営地をめぐる介入者と被介入者の相互作用の変遷に着目して」(『国際開発研究』第29巻第2号)
- 西本優樹「企業の道徳的行為者性をめぐる企業の意図の問題:推論主義に基づく検討」(『応用倫理:理論と実践の架橋』vol.12)
第15回社会倫理研究奨励賞選定委員会
- 石田 淳(東京大学大学院総合文化研究科教授)【委員長】
- 中野涼子(金沢大学人間社会研究域法学系教授)
- 大竹弘二(南山大学国際教養学部准教授)
- 篭橋一輝(南山大学国際教養学部准教授)
- 阪本俊生(南山大学経済学部教授)
- 三好千春(南山大学人文学部教授)
- 奥田太郎(南山大学社会倫理研究所第一種研究所員)
- ウィニバルドス・ステファヌス・メレ(南山大学社会倫理研究所第一種研究所員)
- 森山花鈴(南山大学社会倫理研究所第一種研究所員)