社会倫理研究奨励賞 歴代受賞論文
第18回社会倫理研究奨励賞
2024年11月07日
2024年11月6日に行われた第18回社会倫理研究奨励賞選定委員会における厳正な審査の結果、下記論文を受賞論文と決定いたしました。
- 受賞論文 「ショックを用いる貧困表象の道徳的・政治的悪性に関する一考察:貧困表象への留意のために」
- 【掲載誌名】『筑波法政』第91巻、17-40頁、2023年9月
- 著者 木山幸輔
受賞論文 講評
宮本太郎(第18回社会倫理研究奨励賞選定委員会委員長)
貧困の広がりについていかに認知し、その対処についてどのように合意を形成していくかは、今日の社会倫理研究において枢要な主題である。貧困の広がる今日の社会は、同時にメディアをとおして膨大なしかし断片的な、しばしばショッキングな情報がいきかう社会であり、そこで私たちが貧困をめぐる情報を受けとめる態度も根本から問われる。
本論文は、貧困をめぐってショックを用いる表象に私たちが接したときに起きうる認知と主観の動きを丁寧に分析し、叙述し、その表象を問い直す手がかりを、いくつかの範例をとおして示そうとする。具体的には、ショックを用いた表象の5つの特徴(自他区分、目的の手段化、感情への訴え、主観的意図、理解ではなく確認)が4つの問題点(認識の誤りの可能性、目的の望ましさについての疑念、同情の哀れみへの変化、誤った認識)を引き出すことを示す。考察にあたっては、スーザン・ソンタグやハンナ・アレントなどの社会倫理的な議論が縦横に駆使され、ヒューリスティックなそれでいて説得的な議論が重ねられる。
本論文は、ある社会倫理を提起するというより、人々がある情報に接したときに、それをすべて受けとめるのでもなく、切り捨てるのでもなく、それがもたらす心の動きを自身が客観的に見つめながら、そこに生み出される倫理的感情を育てる、そのような手続きを見極めようとする。その議論は時に、大きく振幅し読み手を翻弄する場面もあるが、にもかかわらず、本論文は、社会倫理についての新鮮な、かつ今日的な方法論であり問題提起である。
社会倫理研究奨励賞に相応しい研究として審査員会が一致した所以である。
審査員賞
- 受賞論文 「「人格的ケア関係」としての夫婦における親密性と平等性:「フェミニズム正義論」を手がかりとして」
- 【掲載誌名】『女性学』第31号、88-105頁、2024年3月
- 著者 岡田玖美子
講評
宮本太郎(第18回社会倫理研究奨励賞選定委員会委員長)
夫婦関係は、親密圏という側面と依存的ケア関係という側面が絡み合うゆえに、(しばしば夫が)親密圏であることを利用して依存的ケアにフリーライドするかたちを招いてきた。それゆえにフェミニズムのなかでは、ファインマンのように法的カテゴリーとしての婚姻の廃止の提唱にもつながる。これに対して、本稿は親密財としての家族と依存的ケア関係を分離し解しながらそこから「人格的ケア関係」としての家族を救い出そうとする。
本論文は、人格的ケア関係が成立する具体的な指標として、すべての人がケア提供者として想定されているか(公共性)、すべての人が実際に一定のケア提供者となりうるか(代替可能性)、すべての人がケアの提供から一時離脱できるか(離脱可能性)の3点をあげる。
普遍的であるがゆえに誰もが関心をもちやすく、それゆえに議論が家族解体論と伝統的秩序論に二極化しがちな主題に、新たなツールをもちこんで、人格的ケア関係としての家族をいわば救い出す作業に挑戦したことに、本論文の要諦があり、高く評価できる。社会倫理審査委員賞に相応しい業績として選考委員会は一致した。
他方で、この議論は「家族の民主化」論としてたいへんな蓄積のある領域でもある。こうした蓄積の継承や差別化という点では不十分な点も認められ、また3つの条件の実現のためには社会的制度の整備が不可欠となるが、その点についての分析は、今後の課題として期待される。
最終候補論文
自薦・他薦併せて16篇の応募論文の中から、6篇を最終審査の対象とし、そのなかから最終候補に残った論文は以下のとおりです。
- 田中祐児「貧困者の子どもの有無が貧困の帰責に与える影響」(『社会学評論』第74巻第3号)
- 大木香菜江「東アジア福祉国家論の福祉オリエンタリズムへの挑戦」(『理論と動態』第16号)
- 小野藍「愛着に基づく領土権の正当化理論序説」(『政治研究』第71号)
第18回社会倫理研究奨励賞選定委員会
- 宮本太郎(中央大学法学部教授:政治学)【委員長】
- 眞嶋俊造(Science Tokyo/旧・東京工業大学教授)
- 石川良文(南山大学総合政策学部教授)
- 大竹弘二(南山大学国際教養学部准教授)
- 豊島明子(南山大学法学部教授:行政法)
- 奥田太郎(南山大学社会倫理研究所第一種研究所員)
- ウィニバルドス・ステファヌス・メレ(南山大学社会倫理研究所第一種研究所員)
- 森山花鈴(南山大学社会倫理研究所第一種研究所員)