社会倫理研究奨励賞 歴代受賞論文
第19回社会倫理研究奨励賞
2025年10月29日
2025年10月29日に行われた第19回社会倫理研究奨励賞選定委員会における厳正な審査の結果、下記論文を受賞論文と決定いたしました。
- 受賞論文 「適応的選好を改良する」
- 【掲載誌名】『国家学会雑誌』138(1・2)、236-164頁、2025年2月
- 著者 佐々木梨花
受賞論文 講評
山岡龍一(第19回社会倫理研究奨励賞選定委員会委員長)
人間にとって、自由であるということは一般に望ましいこととされる。自由というのは多義であるが、自分が自分の支配下にあるという意味での「自律」は、その中核的な要素とされることが多い。しかし、実際のところ個人はどれ程まで自律的なのだろうか。自分が今望んでいることは、本当に自分が望んでいることなのだろうか、という疑問に悩まされることが我々にはある。
本論文は、「適応的選好」という概念を、関係論的自律論の議論を踏まえながら再検討することで、抑圧下にあるように見える人が、その抑圧を認識したり問題視したりすることがなく、むしろ抑圧的な規範を内面化しているように見える場合に、その人の自律性を語ることができる言語を探究している。「適応的選好」は、フェミニズムのような批判的試みにおいて、対処の難しいケースを表す。つまり、この概念によって描写された人は、自律性を欠く無力な存在であるという、侮辱を受けているのではないかという批判がありうる。
本論文は、自律の実質的構想を避け、「適応的」という条件に関するより中立な理解に基づきながら、当事者の一人称的行為者性を認める仕方で「制約によって定義された適応的選好」という考え方を提示する。これによって、「自律の程度」を語ることを可能にすることで、諸々の抑圧のケースを実践的に扱う方法を提示し、実践的な規範の探究の必要性を示すことに成功している。分析哲学的で精緻な学術的考察が、性差別構造、DV、教育による選好形成といった現代的問題と向き合う我々の営みに貢献することが、本論文によって見事に示されている。今後さらなる展開が期待される労作である。
審査員賞
- 受賞論文 「二次被害から制度加害への政治理論的転換:正統な権威条件としての法の支配原理を軸として」
- 【掲載誌名】『政治哲学』第36号、41-64頁、2024年12月
- 著者 奥野久美恵
講評
山岡龍一(第19回社会倫理研究奨励賞選定委員会委員長)
性暴力被害者に対するセカンドレイプのような不正義は、その深刻さゆえに様々な実証的研究が蓄積されてきた。しかしながらこの問題は、警察や裁判所のような公的制度が関わるがゆえに、制度的な正義の問題として、規範的に分析されるべきものでもある。
「二次被害」という概念は、このような事象を記述するものとして存在するが、本論文はこの概念を分析することで、正義論との接続を図っている。その特徴は法哲学と政治哲学の境界を越えることで、実定的なアプローチでは捉えきれない規範的なアプローチを探っている点にある。「二次被害」の不正を、分配正義と匡正正義の問題に仕分けながら、後者の意味において、「二次被害」を生み出す制度への批判の基盤を見出そうとしている。
本論文によれば、匡正正義の毀損は、制度の正統性そのものを揺るがすという理由から、統治のそのものの毀損である。法の支配の概念の再検討によって、この主張には一応の説明がなされたが、「二次被害」の問題は、公的制度のみならず、様々な制度にも当てはまるものであるので、さらなる規範的な探究がなされることが期待される。
最終候補論文
自薦・他薦併せて13篇の応募論文の中から、5篇を最終審査の対象とし、そのなかから最終候補に残った論文は以下のとおりです。
- 川上大貴「私立学校の自由:日本国憲法上の根拠条項の検討を中心に」(『中央大学大学院年報法学研究科篇』第54号)
- 阪本周平「貨幣社会化と権力形態の変化:ジンメルの『貨幣の哲学』の視点からのフーコー、ドゥルーズの権力論」(『社会学評論』第76巻第1号)
第19回社会倫理研究奨励賞選定委員会
- 山岡龍一(放送大学教養学部教授)【委員長】
- 眞嶋俊造(Science Tokyo/旧・東京工業大学教授)
- 太田和彦(南山大学総合政策学部准教授)
- 篭橋一輝(南山大学国際教養学部准教授)
- 豊島明子(南山大学法学部教授)
- 奥田太郎(南山大学社会倫理研究所第一種研究所員)
- ウィニバルドス・ステファヌス・メレ(南山大学社会倫理研究所第一種研究所員)
- 森山花鈴(南山大学社会倫理研究所第一種研究所員)