社会倫理研究奨励賞 歴代受賞論文
第20回社会倫理研究奨励賞
2026年10月27日
2026年10月26日に行われた第20回社会倫理研究奨励賞選定委員会における厳正な審査の結果、下記論文を受賞論文と決定いたしました。
- 受賞論文 「貧困対策における教育の意義の規範的考察----《条件付き生存保障》と《問題の個人化》」
- 【掲載誌名】『ソシオロゴス』第49号、70-93頁、2025年11月
- 著者 阿部崇史、数実浩佑、宮本雅也
受賞論文 講評
山岡龍一(第20回社会倫理研究奨励賞選定委員会委員長)
貧困の解消を目指す諸政策における「教育」政策の意義については、その優先性を疑う見解が存在する。つまり、教育による貧困対策は、現実の貧困の解消方策から焦点をずらし、問題を「個人化」してしまうという批判である。本論文はこうした疑義に挑戦し、貧困解消のための教育政策の正当化と、いかなる政策が望ましいのかという規範レベルの提案を、理論的に行っている。
時空間的に広い影響を目指す教育政策を「広義の貧困対策」と呼ぶ本論文は、この政策には現状の改革を目指す「狭義の貧困対策」を、世論を通じて支持するという機能があると主張する。教育政策の欠陥を奉じるタイプの議論は、教育問題を「機会の平等」の問題として捉えてきた。これに対して、教育環境をめぐる従来の研究には問題があるとして、本論文は、関係的自律論に依拠しながら教育問題を「充分性」の問題として再定式化を試みている。自律の理想を掲げながら、〈自律の強制〉という危険性を避けるという、リベラルな観点を保持するために、本論文は自律の意味を「平等な尊重」を基礎に、自らの生き方の反省と、かかる反省の実行に求める。そのうえで貧困対策の焦点を、自律そのものの涵養ではなくて、「自律の社会的基盤」の構築に求めている。つまり、自律を理想とする社会政策は、「不当な価値観の押し付け」ではないかという批判に対して、特定の理念の「教化」ではなく、「自律を支える社会化を目指す教育」であること、そして平等な尊重は道徳的な関わりにおける中核的要素であることを主張して、応えている。
本論文は、ネオリベラリズム的な傾向に陥りがちな教育政策に対する実践的な批判であり、格差や貧困という現代的問題に向き合うという意味で、政策志向的な規範理論的研究であるといえるものである。緻密な先行研究を実践的関心につなげている点が評価されたが、貧困という現実的で深刻な問題にもっと踏み込んだ研究が今後とも期待される。
審査員賞
- 受賞論文 「日本の自殺対策政策にみる「健康問題」の医療化と脱医療化----『自殺対策白書』における「原因と対策」の正当化ロジックの分析を通じて」
- 【掲載誌名】『ソシオロゴス』第49号、94-114頁、2025年11月
- 著者 於 倩
講評
山岡龍一(第20回社会倫理研究奨励賞選定委員会委員長)
本論文は、2007年版から2015年版までの内閣府による『自殺対策白書』を分析し、その政策の変遷を丁寧に追う実証的な研究である。これによって明らかにされるのは、自殺問題に対する政府の「事後的な反省」と、それに基づく政府における自殺の認識(原因と対策の理解)が変化する過程である。そこでは、自殺に関する「社会的な国家」の認識の在り方が、経年的に記述されている。本論文は、自殺の「原因」と「対策」の理解の関係性が多様であることを示しつつ、数量化・定量化しやすい医療科学的見地が「原因」として語られやすい傾向を明らかにするといった、自殺対策に限られない、政策形成における認識過程に関するわたしたちの理解を豊かにするものである。ただし、本論文の問題を探究する上で、資料選択や分析方法の点でまだ改善の余地はあるといえよう。
自殺対策という統治には、独自の性質がある。自殺とは統計的に表すことのできる社会的出来事であると同時に、生きた人間の行為でもある。こうした側面をもつ「自殺」という対象を扱う上では、自殺という行為の意味づけに迫る必要があるだろう。しかし、自殺した人にわたしたちはその行為について問いかけることはできないという点で、その当人の意味づけを知ることには大きな困難がつきまとう。本論文は、2000年代以降の日本における自殺対策の政策研究であり、自殺対策の「医療化」「脱医療化」「再医療化」という観点から、統治対象としての対策者の表象や、政策の要点の変化を類型化することに成功している。しかし、この研究は、生‐政治の問題を具体的に表したり、ネオリベラリズム的な政策における人間観の問題にまで届いたりする、理論的なポテンシャルがあるにもかかわらず、そのことが自覚的には論じられてはいない。以上の点を踏まえて、さらなる研究がなされることを期待したい。
最終候補論文
自薦・他薦併せて20篇の応募論文の中から、5篇を最終審査の対象とし、そのなかから最終候補に残った論文は以下のとおりです。
- 倉田大輔「正義・基礎構造・家族----ケア関係の背景的正義論へ」(『年報政治学』2025-II)
- 冨田絢矢「認識実践における道徳的不正の解明----フリッカー「認識的不正義論」の批判的検討を通じて」(『社会と倫理』第40号)
- 森悠一郎「徴兵制擁護論の批判的検討」(『法哲学という企て----井上達夫先生古稀記念』信山社)
第20回社会倫理研究奨励賞選定委員会
- 山岡龍一(放送大学教養学部教授)【委員長】
- 眞嶋俊造(Science Tokyo/東京科学大学教授)
- 太田和彦(南山大学総合政策学部准教授)
- 篭橋一輝(南山大学国際教養学部准教授)
- 豊島明子(南山大学法学部教授)
- 奥田太郎(南山大学社会倫理研究所第一種研究所員)
- ウィニバルドス・ステファヌス・メレ(南山大学社会倫理研究所第一種研究所員)
- 森山花鈴(南山大学社会倫理研究所第一種研究所員)