COLLECTION今泉隆平コレクション

STORY

アボリジニ社会における報復と和解

ブーメラン(オーストラリア、今泉コレクション、Ⅵ-116-N)

槍や投槍器、ブーメラン、棍棒、楯など、南山大学人類学博物館に収蔵されているアボリジニ資料には、狩猟や戦闘に用いられた武器が多く含まれている。なぜ武器がこれほど多いのか。それは狩猟が食料獲得に不可欠であったことはもちろん、戦闘にもまた社会的な意味があったからである。アボリジニ社会において武力行使は無秩序な暴力ではなく、むしろ紛争解決や秩序回復のための儀礼的行為であった。多くの地域では「交互に攻撃を仕掛ける」「セコンド(補助者)を置く」といった形式が存在し、戦闘は一定の規範に基づいて行われた。

楯(オーストラリア、今泉コレクション、Ⅵ-111-N)

アボリジニ社会には、掟を破った者に対して年長者や被害者が懲罰を与える慣習法があり、その本質は社会的均衡の回復と和解の達成にある。事件が起こると当事者や親族が集まり、関係修復の方法が話し合われた。被害者側の「報復したい」という思いと、加害者側の「償いたい」という意志を共有し、罰を受け入れることで対立を終結させる。この懲罰の承認が、報復の連鎖を防ぎ、共同体の安定を保つための重要な仕組みとなっていた。

懲罰の対象となる行為は、盗み、禁忌を破った男女関係、他集団領域への無断侵入、呪術の疑いなど多岐にわたる。こうした行為に対しては、被害者やその親族が懲罰を加えることで秩序の回復を図った。それは欧米的な意味での「復讐」ではなく、むしろ「法的正義の実践」と見なされていた。懲罰が適切に行われない場合、怒りや呪術的報復が長引き、共同体全体に不安が広がると考えられていた。

写真1 ブッシュで槍の素材を探す(2014年、中央オーストラリア)平野撮影

写真2 カンガルーを調理しながら槍を製作する(2014年、中央オーストラリア)平野撮影

最もよく知られる制裁は、槍で脚を刺す「スピアリング(spearing)」である。加害者は広場に立ち、被害者側が一定数の槍を投げる。加害者はそれを避けずに受けるのが原則であり、流血によって怒りと不均衡が清算され、関係が再び修復されると考えられた。小規模な違反では棍棒による打撃や儀礼的な闘争で罰を与えるなど、罪の性質に応じて攻撃部位や傷の深さが異なった。罪が重い場合には、犯人を殺害する報復遠征が組織されることもあった。さらに、身体的報復に限らず、「歌う(singing)」あるいは「骨を指す(pointing the bone)」と呼ばれる呪術的懲罰も行われた。これは長老や呪術師が霊的な力を用いて、加害者に病や不幸をもたらすとされる制裁である。

報復を受けた者は罪が清算されたと見なされ、以後は共同体に再び受け入れられた。アボリジニ社会において報復は、「浄化(cleansing)」と「和解」のために不可欠な儀礼的プロセスであり、懲罰は統制のとれた環境で執行され、立会人が過剰な暴力を防ぐことも多かった。こうした儀礼は、婚姻関係や儀式的連帯とともに、共同体の絆を再生させる重要な役割を担っていたのである。

今日でも、アボリジニ社会の一部地域では報復の慣行が存続している。アボリジニのミュージシャンで人権活動家のフィル・モンクリーフ(Phill Moncrieff)は、「報復は白人の法律とは無関係に、24時間いつでも行われうる」と語り、植民地支配以前から続く独自の正義体系の存在を強調している。彼によれば、国家法が正義を果たせないとき、古来の法が作動し、共同体は紛争を円満に解決することができるという。

しかし現代オーストラリアの法制度では、身体的報復は違法であり、「白人の法(国家法)」と「アボリジニの法(慣習法)」の間にはしばしば衝突が生じる。アボリジニの人々は今も慣習法を重視しているが、弁護士や裁判官がそれを考慮する法的義務はない。そのため、報復が実施されないまま刑務所に収監され、共同体に未解決の怒りが残ることもあり、それが暴力の連鎖を生む要因となる。

さらに、アボリジニの慣習法を弁護戦略として利用する白人弁護士への批判もある。アボリジニの女性活動家ベス・プライス(Bess Price)は、「多くの弁護士は加害者の権利ばかりを守り、被害者を顧みない」と指摘し、アボリジニの被害者を守るためには、自分たち自身の法を自らの手で変えていく必要があると訴える。一方、北部準州先住民問題担当大臣であったアリソン・アンダーソン(Alison Anderson)は、「アボリジニの法は過酷すぎる」として現代国家法への一元化を支持している。

このように、アボリジニ社会の報復制度は単なる暴力ではなく、法・宗教・倫理を一体化した秩序維持の装置として機能してきた。しかし、現代国家の法体系とどのように折り合いをつけるかは依然として大きな課題である。「伝統の尊重」と「人権・平等の保障」という二つの価値のはざまで、アボリジニ社会は今も模索を続けている。

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