アメリカ研究の現在地/50周年記念対談【vol.3】

「なぜ、いまアメリカを知る必要があるのか?」

世界に多大な影響を与えながら、自らも変化を続ける国、アメリカ。この巨大な存在を捉えることは、世界と日本の「いま」を理解することにつながります。本企画では、現センター員たち3組の対談を通じて、アメリカ研究の現在地を探り、アメリカ研究センターのこれからを考えます。

今回は鈴木達也先生、デイビッド・M・ポッター先生、戸田由紀子先生が集結。アメリカの文化・社会・政治を語り合い、SF作品のお話で盛り上がりました。センターの発展に向けた提言も飛び出し、未来につながる鼎談となりました。

(取材日:2026年6月30日)

異文化の自覚と、アメリカを外側から見つめるまなざし

アメリカやアメリカ研究との出会いについて教えてください。

鈴木

私は人間の言語能力を追究する理論言語学の分野で、生成文法理論を専門に研究しています。そのためアメリカ研究そのものに取り組んではいないのですが、学部時代に初代センター長の授業を受けたり、『アメリカ学入門』を読んだりしてアメリカ研究に親しんできたんです。その後、大学院でアメリカに留学しました。現地では日本の常識が通じず、「アメリカは言うべきことは言い、一つずつやっていかないと、したいことができない国」なのだと実感しました。それがアメリカという異文化との出会いと言えます。
また、専門の生成文法理論を提唱したノーム・チョムスキーは、言語学だけでなくアメリカの政治社会分野でも有名な思想家でもあります。私自身も教員として英語教育の研究もしていて、アメリカは常に身近な存在です。

戸田

私は1980年代にカナダで小・中学生時代を過ごしました。その頃、カナダにいながら、アメリカからカナダに逃げてくる黒人奴隷の少女の文学作品や南北戦争のTVドラマに触れていました。中学に入るとイギリス系の学校だったので古い英語のシェイクスピア劇をひたすら読む授業を受けつつ、カリブ系移民の先生が、スピルバーグの映画『カラーパープル』を観に行くよう勧めてくれたことで、アフリカ系黒人文学を読むようになりました。帰国後も英文学科で学ぶ中で、アメリカが文学作品でどう描かれているのか、他の国からアメリカをどう見ているのかに関心を持って、マイノリティ文学の研究を続けています。

ポッター

私はアメリカで生まれ育ったので、アメリカという国は空気のような存在でした。初めてアメリカを客観的に意識したのは、中学時代にメキシコへ、高校時代に日本へ留学した頃ですね。自分の国を出て違う国で生活し、学校に通うことで文化の違いを感じ始めました。大学では政治学を専攻し、大学院では高校時代の経験から、日本の現代政治や外交を専門としました。当然ながらアメリカの存在を意識せざるを得ませんので、日米関係も視野に入れて研究を続けてきました。本格的にアメリカ研究に取り組み始めたのは4年前、鈴木先生からアメリカ研究センターに関わるようお声がけいただいてからです。それを機に、以前から意識していたフードバンクに着目し、研究するようになりました。

文学やドラマが映し出す、アメリカの価値観の変遷

ご自身の研究をご紹介ください。

ポッター

私は比較政治学の観点から、ODA(政府開発援助)やNGO、NPOの研究をしています。日本のODAやNPOの発展を研究する際、やはり常にアメリカが比較対象となります。例えば、ODAに関しては日本が現在も支援を継続する一方で、トランプ政権は予算を大幅に減額しました。アメリカを研究することで、ODAの未来がどうなるのか、そしてNPOの課題や限界がどこにあるのかがはっきりと見えてくると考えています。また、最近始めたフードバンクの研究からは、アメリカ社会に根づくチャリティの思想が見える一方で、アメリカの福祉政策の不十分な部分も同時に感じられ、アメリカを知る上でとても興味深い研究だと思っています。

戸田

私はアメリカ文学研究から出発して、カナダをはじめ英語圏の現代文学、特にマイノリティ文学を研究しています。アメリカは移民の国であり、外部から入ってくるマイノリティの視点を通すことで、アメリカがどういう国なのかが非常によくわかるんですね。例えば、ナイジェリア出身の作家チママンダ・ンゴズィ・アディーチェは「アメリカに来て初めて自分が黒人だと意識した」と語るように、アメリカは肌の色を抜きにしては語れない国です。ノーベル文学賞を受賞したアフリカ系アメリカ人作家トニ・モリスンの『青い眼がほしい』という作品でも、金髪で青い目こそが美しいという当時のアメリカ社会の価値観の中で、自分も青い瞳になりたいと願う黒人少女の姿が描かれています。私自身も、どこへ行っても唯一のアジア人という少女時代を過ごしたので、主流社会から自分に向けられるまなざしがよくわかります。世界中から集まったマイノリティたちの文学作品を通して、中心ではない外側から見たアメリカの姿が浮かび上がってくるのが、この研究の面白いところです。

鈴木

生成文法理論では、言葉というものは人間にしかないものだと考えるんですね。人間にしかないものを研究するということは、人間とはどういう生き物か、動物とどう違うのか、また、人間の心とは何かに迫る心の学問でもあります。近年、AIが急速に発達し、人生相談をすると、まるで心があるかのように振る舞いますが、やはり人間の心とは違う。そういった深い部分まで考えることができる言語学が好きで、ずっと研究をしています。
また、南山大学で20年以上続く「スタートレック研究会」の会長を務めており、SF作品を通じてアメリカ社会を読み解くことに、アメリカ研究とのつながりを感じています。

現在のアメリカをどのように捉えていますか。

ポッター

政治経済の観点から見ると、アメリカの現状は本当に心配です。産業の空洞化や極端な貧富の差が政治にも影響し、人々の不満が高まった結果としてトランプ氏を支持する動きが拡大しました。そして、これまでの民主主義の制度や機関が、内側からどんどん壊されてきていることに対して、強い警戒感を抱いています。

鈴木

私は授業で必ずリンカーンの「ゲティスバーグ演説」を学生に聞かせています。「人民の人民による人民のための政治」というフレーズで有名ですが、あそこで語られた「万人は平等であり人権は守らなければいけない」という考え方こそが、アメリカの民主主義の根本だと思っていました。ワシントンD.C.のリンカーン記念堂で、リンカーンが民主主義をしっかりと見据えている、あの姿がアメリカの理念なのだとイメージしていました。ところが、いま、その理念が崩れかけているのではないかと、非常に心配しています。

戸田

文学の世界でも、そうした現状は反映されていますね。世界の崩壊後を描くSpeculative Fictionが増えており、環境問題やパンデミックで地球が滅び、わずかに生き残った人々が人との関係をどう構築し直すか、生きるとはどういうことかを問い直す作品が出てきています。また、アメリカと世界とのつながり、現在に至る歴史を長いスパンで描き、何篇にも渡るような大作も増えています。例えば韓国系アメリカ人作家による『パチンコ』は、日本統治下の朝鮮から日本、アメリカを舞台に、在日コリアン4世代の物語を描いています。アメリカ社会の動向が文学の広がりにつながっている点に、面白さを感じています。

ポッター

SFはアメリカの政治文化を色濃く反映した代表的なアメリカ文学ですよね。1950年代の小説から共通して「個人がフロンティアに立つ」「崩壊後の世界や未知の惑星で、個人の力でゼロから新しい社会を作る」というテーマがあり、そこには間違いなくアメリカの政治文化が表れていると思います。

戸田

『大草原の小さな家』もそうですね。19世紀の西部開拓時代に育まれたフロンティア精神は、SFに限らず、『大草原の小さな家』をはじめとするアメリカ文学で繰り返し描かれてきました。一方で、20世紀後半の公民権運動以降は、そうした主流のフロンティア精神を批判的なまなざしで捉える作品も増え、いろいろな価値観が広がっていることを実感します。

鈴木

その点から言えば『スタートレック』は、まさにフロンティア開拓の物語です。いわゆる西部劇の世界を宇宙空間に持っていった作品ですからね。ただ、『スタートレック』がユニークなのは、実はそこで扱われているテーマは人権問題や人種差別、LGBTQなど20世紀から21世紀のアメリカが直面している問題ばかりということです。例えば、60年代の最初のシリーズで黒人女性と白人男性のキスシーンを放送したり、90年代には黒人の司令官や女性の艦長が登場したりと、どんどん新しい価値観を取り入れています。アメリカ人が社会問題に対してどのように考えているのかを追い続けているシリーズであり、そこからアメリカ社会を見ることができるんです。

これからは世界の中でもアメリカをテーマに

南山大学アメリカ研究センターの展望をお聞かせください。

鈴木

センターが設立されたのは、第二次世界大戦を経て「自分たちとは違うアメリカという国を知らなければならない」という強い目的があった時代でした。しかし、グローバリゼーションが進み、日本人も世界中へ旅行し国際感覚が変わった現在、センターの意義も変わってきています。これからはアメリカ単独を見るのではなく、世界の中でのアメリカや日本をどう位置づけるかを考えなければなりません。学内のヨーロッパ研究センターやアジア研究センターなどとの連携を広げ、国際教養的な広い視野から地域を見ていくアプローチが、今の時代に合っていると思います。

戸田

私も同感です。大航海時代から、モノや人の移動を通じてアメリカは常に世界と関わってきました。授業で『不思議の国のアリス』をテーマにしているんですが、イギリスの朝食の定番であるマーマレードでさえ、スペインのオレンジと、アメリカ大陸で奴隷制によって作られた砂糖から成り立っており、世界と切っても切れない関係にあります。そうした歴史的なつながりを踏まえ、他地域のセンターともテーマを共有しながら研究を進めていけると良いと思います。また、日本で「アメリカ」というとアメリカ合衆国をイメージしがちですが、カナダも含めた南北のアメリカ大陸全体を指す場合もあります。「アメリカとは何か」という当たり前を改めて問い直す場所に、このセンターがなれば良いと考えています。

ポッター

今後のセンターの課題は2点あります。一つはお二人がおっしゃる通り、学内の他研究所とのコミュニケーションを深め、共同研究をいかに活性化させるか、という点ですね。最近では研究所のランチ会などでの交流も始まっていると聞きました。小さな一歩でも着実に前進していくことが大切ですので、今後に期待したいです。
もう一つは、研究員の世代交代です。若い世代のアメリカへの意識も、世界の中でのアメリカの位置づけも変わっている中で、アメリカ自体をどのような視点から見つめ、どのようなテーマで研究に取り組んでいくのか。若い研究員が中心となって活躍できるセンターを、ぜひ目指していきたいですね。

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鈴木 達也

外国語学部教授
専門:英語学、言語学

デイビッド・M・ポッター

総合政策学部教授
専門:政治学

戸田 由紀子

外国語学部教授
専門:アメリカ文学、カナダ文学、英語圏文学

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