アメリカ研究の現在地/50周年記念対談【vol.1】

「なぜ、いまアメリカを知る必要があるのか?」

世界に多大な影響を与えながら、自らも変化を続ける国、アメリカ。この巨大な存在を捉えることは、世界と日本の「いま」を理解することにつながります。本企画では、現センター員たち3組の対談を通じて、アメリカ研究の現在地を探り、アメリカ研究センターのこれからを考えます。

今回の対談は異色の組み合わせ、沢登文治先生と今井祥子先生の登場です。憲法と食、研究分野は全く異なるお二人ですが、アメリカ社会の現状認識やセンターへの期待など想いが重なる部分もあり、新鮮な語らいとなりました。

(取材日:2026年6月30日)

1980年代、原体験から抱いたアメリカへの憧れ

アメリカやアメリカ研究との出会いについて教えてください。

今井

私は子どもの頃、家族の仕事の関係でアメリカ中西部・オハイオ州に住んでいました。1980年代、まだ日本の食材が手に入りにくい時代でした。子ども心に日本が恋しくて、スーパーマーケットに行くと見た目が日本のお菓子に近いものを親に買ってもらうのですが、食べてみると強烈なシナモン味で…。色もフレーバーも個性が強いアメリカのお菓子に慣れることができず、日本のお菓子が食べたいと思ったものです。
それなのに帰国後、輸入食品店でアメリカのお菓子を見つけると、不思議と懐かしさとともに楽しかった思い出が蘇り、アメリカへの憧れを抱くようになりました。その後、大学時代にアメリカに留学した際、寮で提供される食事がバラエティ豊かなことに驚き、アメリカの食の多様性に興味を持つようになりました。また、海外に出たことで改めて日本食の良さにも気づかされ、アメリカや世界における日本食についての興味が深まっていきました。大学院時代にもアメリカに行ったので、大体10年置きにアメリカの食の変化をかいま見ることができ、現在の研究の大きな糧になっています。

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沢登

私もアメリカを訪れたのはちょうどその時代、19883年、大学の卒業旅行でした。1カ月ほどアメリカの友人たちを転々と訪問しながら旅行したのですが、物の豊富さや国土の大きさに圧倒され、またアメリカに行きたいなと漠然と考えていました。卒業後は2年ほど公務員として働いたのですが、やはりもっと憲法を勉強したいという気持ちが募り、大学院へ。その後、カリフォルニアの州立大学へ留学する機会に恵まれました。
それがちょうどアメリカ合衆国憲法制定200周年を控えた時期で、授業では盛んに憲法制定が取り上げられていました。その際、文章形式でまとめられた現行の成文憲法としてはアメリカ憲法が一番歴史があるということも知り、面白そうだなと思ったんです。また、日本の司法制度しか知らなかった私にとって、州ごとに裁判所があるアメリカの連邦制の複雑な仕組みは理解しがたく、連邦制という国の仕組みから研究しなくては、と感じたのが研究のきっかけです。当初からアメリカ憲法を専門にしようと決めていたわけではなく、今の研究を始めたのは本当に偶然なんですよ。

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法のダイナミズムと食の多様性を探究する

ご自身の研究について、ご紹介ください。

沢登

アメリカは50の州と連邦政府から成り立っていますが、州ごとに制度が異なるなど、州が独立国のような多様性を持っているのが特徴です。私は法律が最後に守られる仕組みとして、特に刑務所、刑罰のあり方に関心を持っていますが、例えば死刑制度の有無や執行状況、刑務所の運営なども州ごとにさまざまです。
しかも、先ほど今井先生がおっしゃったように、それらが10年単位またはそれ以下の猛スピードで変化していくんですね。全国で統一され、何もなければほぼ変化がない日本の刑務所制度とは対極にある。このダイナミズムこそがアメリカ研究の醍醐味であり、変化を追っていくことも重要だと思っています。

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今井

私の場合、大学時代はアメリカ地域文化研究の分野にいたのですが、アメリカ文学や歴史、政治経済の研究が主流の中で「食文化」に興味を持ち、試行錯誤しながら独自に研究を切り拓いてきました。当時は食文化が研究として成立するのかと疑問視されることもありました。それでもあきらめずに文化地理学と結びつけながら、食の地理学を軸に研究体系を組み上げてきたと言えるでしょうか。
具体的には、アメリカの多様な食文化の中で、日本食がどのように表現され、消費されているかに焦点を当てています。日本食自体についての研究は層が厚いのですが、私はアメリカの食から入り、日本食についても勉強し始めたため、そこに難しさも面白みもあると感じています。沢登先生は日本の憲法からアメリカ憲法の道へ進まれましたが、それとは逆のアプローチから現在の研究にたどりついたという感じですね。

沢登

今、日本にも外国の方が大勢いらして、日本食を楽しんでいると思うんですが、ベジタリアン、特にヴィーガン(完全菜食主義)の方は苦労されていると聞きました。

今井

はい、日本でヴィーガンを貫くのは難しいですね。ただ、日本には元々、完全なヴィーガン食である精進料理があり、いま、外国人旅行者の方が再発見している状況です。一方でアメリカではベジタリアンの方のためのお寿司をはじめ、ニーズに対応した新しい日本食が生み出されています。日本ではアメリカの食というとファストフード、高カロリーなどの画一的なイメージを持たれがちですが、実際は各家庭で食べているものは実に多様です。そのギャップが面白いですよね。日常的なことからアメリカの多様性を実感できるのが「食」の強みだと思っています。

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多様な研究者が集まる拠点から、アメリカの本質を発信

現在のアメリカをどのように捉えていますか。

沢登

アメリカの憲法体制は段階的に、二大政党制のもとで揺れ動きながらも、連邦制から中央集権制へと移行しているように見受けられます。建国当初は各州に主権がある連邦主義が基本でしたが、南北戦争や世界恐慌を経て、連邦政府が経済復興などに介入するようになり、政府の役割が拡大しました。さらに戦争を経るごとに連邦軍の力が強大化し、近年は大統領が中央集権的な力を意のままに使うような場面も見られます。本来は連邦主義の国であるにもかかわらず、大統領権限が強大化していくこの流れは危険であると同時に、今後どのように修正していくのかが、大きな課題になるでしょう。

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今井

食文化の視点から見ても、政治や経済の変化は無縁ではありません。近年の物価高や移民の制限などの影響で、日本から渡米した寿司職人がビザを取得できず、生計を立てられずに帰国する事態が起きています。その結果、現地の人に対して寿司を握れるようにトレーニングを行い、職人を育成する動きが出てきています。一方で、おにぎりが流行するなど、政治の影響を直接的に受けにくいのも食文化ならでは。ポジティブな気運も根強く存在し、そこに希望も感じます。

アメリカ研究の価値や意義を、どう捉えていますか。

沢登

良きにしろ悪しきにしろアメリカは世界秩序の中心であり、極めて重要な役割を担う国です。日本との二国間関係はもちろんのこと、国際情勢を見ても、超大国アメリカが今後どこへ向かうのかを理解することは、世界の未来を見通すために不可欠です。アメリカでは、大統領と議会、連邦と州の権限をめぐる対立などにおいてもわかるように、憲法や法律が極めて重い意味を持ちます。だからこそ、アメリカの憲法体制がどのように動いてきたかをたどりながら考えなければなりません。50の州の多様性を保ちながらも、時に中央集権的な姿勢を見せるアメリカの動向を分析し、その本質を社会に発信していくことが私たちの使命だと考えています。

今井

私自身、子どもの頃はアメリカに対してポジティブな憧れを持っていました。しかし、ここ10年ほどでアメリカのイメージが急激に変わりつつある。だからこそ、「なぜ、いま、アメリカを研究するのか」が問われていると感じます。建国の理念や民主主義といった価値観が揺らいでいる面もありますが、文化研究者として悪いところばかりを見るのではなく、日常の暮らしの中にある明るい方向も見つめ続けたいと思っています。人々の営みから得られる豊かな側面を社会に粘り強く伝えていきたいです。

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南山大学アメリカ研究センターへの期待をお聞かせください。

沢登

アメリカ研究は、法学、政治、文化など非常に多岐にわたる分野を含んでいます。南山大学アメリカ研究センターは、それらを統合し、発展させていくための拠点です。また、アメリカ政府の機関である名古屋アメリカンセンターや、アメリカ研究者の団体である名古屋アメリカ研究会など地域の組織と協力しながら研究基盤を構築し発展させていくことも重要です。私自身、南山大学アメリカ研究センターに所属したことで、専門外である食文化研究や日系アメリカ人研究など、多様な分野の先生方と交流することができ、自分の研究の基盤を広げることができました。今後も、多様な研究者が集い、研究の基盤を提供してくれる場所として、さらに幅広く層を厚くしながら発展していくことを期待しています。

今井

アメリカ研究の拠点が東京や関西だけでなく、東海地方にも「南山大学のアメリカ研究センターがある」と存在感が確立していることは、大変意義深いことです。これからも地域に根ざした研究と教育の拠点としてさらに発展していくことを心から願っていますし、私もその一翼を担っていけたらと思います。

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沢登 文治

法学部教授
専門:アメリカ憲法成立史、アメリカ憲法

今井 祥子

外国語学部講師
専門:アメリカ研究、食文化研究、文化地理学

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