アメリカ研究の現在地/50周年記念対談【vol.2】

「なぜ、いまアメリカを知る必要があるのか?」

世界に多大な影響を与えながら、自らも変化を続ける国、アメリカ。この巨大な存在を捉えることは、世界と日本の「いま」を理解することにつながります。本企画では、現センター員たち3組の対談を通じて、アメリカ研究の現在地を探り、アメリカ研究センターのこれからを考えます。

今回、登場したのは山岸敬和先生、森山貴仁先生、手塚沙織先生のお三方。現在のアメリカをめぐり、専門の知見から熱い談義が交わされました。また、次の半世紀へ向けたセンターの役割についても、それぞれの展望が語られています。

(取材日:2026年6月30日)

アメリカは自分の国を理解する鏡になる

アメリカやアメリカ研究との出会いについて教えてください。

山岸

法学部の学生だった頃、アメリカ政治ゼミの先生がカッコいいなと思い、そのゼミに入ったのが最初のきっかけです。特にアメリカが好きだったわけではなく、根本には「日本を理解したい」という思いがありました。日本とは異なり、言語と理念で形づくられてきたアメリカを見ることで、日本に足りないもの、足りているものや自分たちの世界での立ち位置を同時に理解することができる。日本社会を考える材料としてアメリカ研究を選んだのだと思います。そのため医療制度の本を書く際も、アメリカだけでなく日本についても記述しました。両方を理解したいという思いが研究者としての原点にありますね。

森山

僕も似ています。過去の歴史を勉強することで、現在の自分たちの立ち位置について考えたいという意識がずっとありました。学部時代はドイツ近現代史の先生にお世話になっていて、ドイツの研究をしようと思っていたんです。ところが、卒業論文で1960年代の環境保護運動をテーマにしようとしたところ、先生から「アメリカ研究の方が可能性が大きいという指摘を受け、日本とアメリカの関係性も踏まえアメリカの環境保護運動に変更したことが、アメリカ研究に入ったきっかけです。

手塚

確かにアメリカは日系も含めて移民が多い国なので、その人々を通じて国と国と比較する上で便利な存在と言えるかもしれません。私は経済学部出身で学部時代にアメリカに留学したことが出発点となりました。
留学中、最も印象に残っているのは、白人のホストファミリーと一緒にメキシコとの国境沿いへ出かけたときの風景です。そこで清掃員の仕事をしているのはヒスパニック系の人ばかりで、人種と職種が結びついているアメリカ社会の現実を目の当たりにしました。また、ヒスパニック系の通う教会には白人がほとんどおらず、肌の色による見えない壁があることも知りました。さらに、アメリカ社会で初めて自分が「女性かつアジア人」という二重のマイノリティであることを自覚し、差別も経験しました。一方で、差別を受けるマイノリティでありながら、ヒスパニック系移民がアメリカ経済に与える影響は大きく、そこから興味を持ち始めました。

ご自身の研究について、ご紹介ください。

森山

アメリカ政治史の中でも、保守派と呼ばれる人々がいかにメディアを利用して自分たちの政治運動を拡大させてきたか、アメリカの保守主義の歴史を研究しています。トランプ大統領に見られるような、怒りや不安といった感情に動かされた政治運動は、突然トランプが始めたわけでもSNSが生み出したわけでもありません。実は1940年代の辺りから、感情を使って人々を政治的に動かす技術が体系的に作り上げられてきたことが歴史から見えてきます。現代の反移民や反グローバリズムを考える上で、歴史を学ぶ意義はここにあります。

手塚

私は国際政治経済学の立場から、優秀な人材を受け入れるアメリカの移民政策がどのように立案され、経済と連動してきたかを研究しています。シリコンバレーのエンジニアや巨大IT企業の創業者にはインド・中国・台湾出身者が多く、優秀な移民人材がアメリカの繁栄を支えてきました。しかし現在、米中対立の要因の一つとなっているのが人材の移動です。中国の優秀な人材がアメリカで学び帰国することで頭脳が流出してしまい、技術の管理が非常に難しくなっています。トランプ政権は入国する人を厳しく制限していますが、国の競争力に影響するオープンさと技術管理の狭間で、アメリカが迷走している現状に注目しています。

山岸

研究テーマとしては医療政策が中心です。医療政策を深掘りすると、経済、政治、社会、宗教、歴史、健康の理念など、あらゆる要素が表出するため、アメリカを大枠で理解する上で非常に面白いテーマだと思っています。例えば、日本と違いアメリカにはいまだに国民皆保険がなく、無保険者の削減や医療費の抑制などを目的としたオバマケア(医療保険制度改革)成立後もなお無保険者が存在し、病気で破産する人がいます。しかし「皆保険のある日本がすばらしくて、アメリカが可哀想」という単純な話ではありません。アメリカでカトリック教会がオバマケアに反対した背景には、妊娠・出産をめぐる自己決定に関する権利(リプロダクティブ・ライツ)が制度を通じて広がることへの警戒がありますし、逆に日本の皆保険制度は、戦時体制下に国民の健康を管理する道具として登場した歴史があります。研究を通して、そうした複雑な背景を考える視点を提供したいと思っています。

過渡期を迎えた現代アメリカをどう読み解くか

現在のアメリカをどのように見ていますか。

森山

現在、トランプ大統領とその支持者が政治を動かし、かつてのオープンでジェンダーに対して先進的なアメリカが変わってしまったと落胆する人も多いと思います。しかし、保守的なフロリダ州の小さな町に6〜7年暮らしていた僕の経験からすると、保守的な人々は昔から存在していて、今それがメディアによって前面に出ているだけで、アメリカ全体が根本から変わったわけではないと感じています。ただ過渡期にはあり、トランプ政権に対する反動として極端な左派の運動が起こり、振れ幅が大きくなるかもしれないと思っています。
こうした動きの中で、僕が特に注目しているのはマイノリティの中の保守的な人々。例えば、大学の人種的多様性を高めるアファーマティブ・アクションに反対する黒人や、中国共産党を嫌って移住してきた中国系移民でトランプを支持する人です。「マジョリティかマイノリティか」「右か左か」という単純な二項対立では捉えきれない層が、今後のアメリカ政治をどう変えていくかに関心があります。

手塚

私は、移民政策の混乱が今後のアメリカに与える悪影響を注視しています。アメリカは年間100万人に永住権を与える世界最大の移民大国であり、空港や国境では、1日に多数の人々が出入国しています。しかし、現政権による強制送還などの強硬な姿勢により、人の流れが不安定になる状況が生まれています。アメリカは移民が原動力となって経済発展をしてきた国で、世界一の富豪となったイーロン・マスクも南アフリカ出身です。今後、外国人や移民に対する規制がますます厳格化していくと、アメリカ政治や経済にどのような影響が出てくるのかを注視しています。

山岸

私の場合、楽観している部分と不安視している部分の両方を持っています。まず楽観的な見方をすれば、現在のアメリカ政治の状況を捉えて権威主義化しているという指摘がありますが、それでも、民主党内から、そして共和党の中からも多様なバックグラウンドを持つ政治家が次々と出てくる多元性は、日本よりも健全なように感じます。
一方で心配なのは、政治的な発言が極めて荒々しくなっている政治的言説の悪化と、アメリカの理念や憲法すら無視されかねないくらい、アメリカ市民の中における不安や怒りといった感情が高ぶってしまっているということです。歴史的に見ると、世界に民主主義のあるべき姿を示してきた、「アメリカンデモクラシー」が足元から揺らいでいる点には強い懸念を抱いています。

地域の日常とアカデミズムをつなぐ、開かれた場として

アメリカ研究の価値を社会にどう伝えていくべきですか。

山岸

私たち研究者はつい難解な言葉を使いがちですし、私自身これまで研究に関しては客観的で俯瞰的であるべきだと思ってきました。ただ、政治や社会に関する研究を伝える際には、現場の「熱」を感じることが重要だと思うようになりました。研究者も人々が抱える苦しみやフラストレーションをすくい取り、それをわかりやすい言葉で一般の方々へ伝える努力をしていかなければなりません。

森山

僕は、政治や歴史を遠くの世界の出来事ではなく、自分たちの身近な生活につながっていると実感してもらう工夫をしています。例えば、授業で取り上げるのが「じゃがいも」の話です。南米原産のじゃがいもは、オランダ東インド会社を通じてインドネシアのジャカルタから日本に伝わったため「ジャガタライモ」と呼ばれました。このエピソードからもわかるように、グローバリゼーションは何百年も前から始まっているんですよね。歴史を知ると、現在の国際関係や地政学を見るときに、頭が柔らかくなり、今まで気づかなかった本質が見えてきます。そういった面からもアメリカ研究の面白さを広く伝えていきたいですね。

手塚

おっしゃる通りです。アメリカで起きていることは私たちの生活と無縁ではなく、どんな分野のアメリカ研究も日常に関わっています。例えば政治の面では、日本でも外国人に厳しい政策を打ち出す政党が現れていますが、アメリカではどんな議論や対応が行われてきたか、アメリカを通じて学ぶことができます。経済の面では、アメリカとイランの紛争により原油価格が高騰しましたし、円安・ドル高の影響で気軽にアメリカに旅行は行けなくなりました。アメリカ研究を通じて、世界の動きが自分たちの日常にいかにダイレクトに跳ね返ってくるか、わかりやすくお伝えしたいですね。

南山大学アメリカ研究センターの展望をお聞かせください。

手塚

国内のアメリカ研究センターは、東は東京大学、西は同志社大学にありますが、その間には南山大学のアメリカ研究センターがあるぞと確固たる地位を築いてほしいです。いわゆる「名古屋飛ばし」をされることなく、東海地方の拠点として社会にしっかり還元できる研究拠点になっていくことを期待していますし、私自身もそうしていかなければと思っています。

森山

学生時代、アメリカ関係の蔵書では日本一と言える、同志社大学のアメリカ研究センターの図書館に大変お世話になりました。最近、書店がイベントを行うなど本屋という概念を変えているように、南山のセンターの図書室も変化をしていくのはどうでしょう。誰もが立ち寄れるコミュニティセンターのような役割を果たせる、開かれた場所になってほしいという憧れがあります。

山岸

そうですね。ここ中部地域は、アメリカ企業のボーイングの関連企業やトヨタ自動車などがあり、アメリカの産業や経済との結びつきが非常に強いエリアです。それにもかかわらず、これまで産業界とアカデミズムとの連携が十分ではありませんでした。今後はジャーナリズム、企業、一般市民と積極的に意見交換を行い、どうすれば研究を地域に還元できるのかを考えられるような、開かれたセンターを目指していきます。同時に、一流の研究者が集う確かなアカデミズムの拠点としての価値も高めていく。その両面でセンターを進化させたいですね。

山岸 敬和

国際教養学部教授 アメリカ研究センターセンター長
専門:政治学(アメリカ政治、日本政治、比較政治、公共政策、医療政策、都市対策)

森山 貴仁

外国語学部准教授
専門:政治学、アメリカ研究

手塚 沙織

外国語学部准教授
専門:移民政策、国際人口移動、アメリカ政治・経済

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